生き方を忘れた日本人に捧ぐ自由への道標

自由の意味
人はしばしば“自由”という言葉を口にする。
ときに権利を主張するように、ときに夢を語るように。ただその中で“自由”という言葉の意味をはっきりと自覚している人はどのくらい存在するのだろうか。

西洋において、自由と言えば、“liberty(法の下の自由)”のことを指す。少し詳しく言えば、「複数の人間が存在する社会において、お互いの権益を守るために決めたルールを守る範囲の中で、自由に行動できる権利」と言い換えても良いだろう。つまり、他者との関わりの中での自由のことを意味している。

一方で、日本人が古くから求めてきた自由というのは、これとは少し異なる。仏教の世界で使われる“自由”という言葉は、「自らに由る」、すなわち他者からの影響を受けない独立した状態を指す。その中で自由を制限する要素は他者ではなく、むしろ自分自身であり、その自分から解き放たれるときに、本当の自由を得られるという考え方である。

多様な価値観が生まれ、変化していく時代の中において、自分にとって本当の自由とは何かを見つめ直すことは一つの道標になるのかもしれない。

先人が究めし境地
「とらわれない」と言葉にするのは簡単だが、実行に移すのは難しい。長い時間をかけて培われたモノであれば、その分だけ取り外すことは困難を伴う。それは時に今まで積み重ねてきた全てを否定することを意味することもあるからだ。

ただ、日本の文化を見てみると、日本人は古くから、この難題に挑戦してきた歴史が窺える。禅における「解脱」、武術の「守・破・離」、能の「真実の花」。それらはいずれも、自分との戦いを戦い抜いた先に見た境地とも言えるだろう。それが、かつて欧米諸国の人々が“梵天の民族”と賞賛した気高く超然とした佇まいを生み出したのではないだろうか。

今回のデザインモチーフにしたのは、水墨画の世界。
西洋絵画の世界では、額縁が存在することが前提にある。その枠に囲まれた中で自分が表現したい世界を描き出す。それに対して、日本の掛け軸は枠を取り外すことにより、束縛をなくし、その空白に意味を持たせたのである。羽根を周りのブローギングのステッチをなくす。そうすることで、決められたデザインの中で束縛されない自由を取り入れた。

足元が人の心に与える影響は大きい。靴を変える、その行動が自分という枠を取り除く勇気を引き出す足がかりになる。そんな想いが込められたデザインである。

忘れかけた生き方を取り戻す
自由という概念が入ってきたのは、奇しくも新しい文化の流入により、既存の価値観が崩壊し、混迷を極めた時代。多くの日本人が本当に先の見えない中、模索し続けた時代である。大塚製靴が生まれたのも、ちょうど同じ明治の世であった。

大塚製靴の靴作り、それはただ単に西洋の模倣ではない。西洋の技術を取り入れ、“日本人のため”の靴にまで昇華すること、それが初代岩次郎が掲げた「和魂洋靴」の精神である。

“日本人のため”というのは、一つは日本人の足型に適した形がある。靴作りの起源は確かにヨーロッパにある。しかし、西洋人とは異なる特徴を持つ日本人の足型、その形を140年という月日をかけて見続けてきた歴史に関しては、世界一の自負がある。

しかし、“日本人のため”というのは、ただ形だけに留めてはいけない。ファッションとは生き方を表す、こと紳士において靴が担う役割は大きい。

武家に生まれ、士族として育てられた岩次郎が靴を仕立てることで伝えたかったこと、それはかつての日本人が持っていた精神、誇り、そうした忘れかけた文化も継承していくこと、それは時代が変わろうとも、変わることのない原則である。

“日本人のため”の靴作り、それこそが他の誰も果たすことができない大塚製靴の使命なのである。


カラーラインナップ バーガンディ ダークオリーブ ブラック

大塚製靴の歴史 鹿鳴館の時代、“靴師”と名乗った日本人がいた。
名は大塚岩次郎―

明治維新という既存の価値観の崩壊に遭遇し、西洋文化を
ただ表面的に受け入れていく時代の中で、「日本人のための
靴を」という信念を以って和魂洋才― “日本人としての精神を
堅持しつつ、西洋の学問・知識を受け入れること” を実践した。

明治25年には万国博覧会にて金牌を受賞 ―
創業からわずか20年で世界の一流シューメーカーに肩を並べ、
世界博覧会での金牌受賞といった形で証明
されたその技術は、粛々と後世の職人に伝承されてきた。

時は流れ、創業から140年経った今、一つの自負がある。
革靴の起源は確かに欧州にある。しかし、履き良さにこだわり、
“日本人のため”を求め、日本人の足型を見つめ続けてきた
歴史は他の追随を許さない。

大塚製靴の果たすべき使命、それは培われてきた技術と伝統、
そして、“日本人のための”一足を後世まで伝え続けること。

伝統とは単に古いということではない。
―OTSUKA M-5 Online はその証明である。



Contemporary Dress “Dress Composures”の確かな作りを基盤に、熟練職人の技術を駆使した意匠を組み入れた“Contemporary Dress”。

『美しく装うこと』。これは、ある意味、生物としての本能と言えるかもしれない。
職人の手によって染め上げられ独特のムラ感を演出する「シャドーアンティーク仕上げ」、平面から完成形を完全に描き出すことで初めて可能になる「ホールカット」と「イミテーションブローグ」。靴の中で最もパーツ数が多く複雑なデザイン「フルブローグ」、美しい曲面へのこだわりが生んだ「クリンピング」。長年の技術の研鑚により生み出されるのは他とは違う“一歩”先んずる一足。

他者とは異なる自己を表現するために・・・、技術にはそうした側面もあるのかもしれない。
人の美への挑戦の産物、それが “Contemporary Dress” である。
発想に限界はない。人が美しさを求める限り、新しい技術と言うのは生まれ続けるのである。



シャドーアンティーク仕上げ この靴の色はナチュラルカラーの革を使って作られ、靴の形になった後で色づけされている。この色づけ方法によって、元々染色されている革にはない透明感と、自然なムラ感が表現できる。

ナチュラルカラーの革は最もシビアな検閲を通った最上級の革しか使用できない。なぜなら、濃い色で染色していない分、革の元々あった血管の跡(血筋)た傷などの粗が目立つからだ。最上級の革を贅沢に使うことで初めて可能な仕上げである。
そしてその色づけは、手によって施される。
革の状態で染めあげた革は、確かにムラがなく均一に染められ美しい。けれどもあえて手の仕事を一工程加えてまで手染めにこだわるのには理由がある。

ナチュラルカラーの靴にオイルを何層にも重ねていくことで、均一に染められた革にはない立体感のある色彩が表れる。同じものが一つとしてない色彩は、靴というプロダクトの意味を、ただの履き物ではなく一種の芸術品の域にまで高める。

そして革の状態で色づけするのではなく、木型に釣り込み靴の形となった状態で手染めしていくのにも意味がある。ムラは決してランダムに表れているのではなく、流れるように美しい方向性を持ったものとして革の表面に表れる。水彩画の色の中に筆の跡が感じられるように、手染めによって色づけされた靴の表面にはその流れるような仕事の跡がはっきりと残る。
靴が成形されてから色をのせていくという順序でなくてはいけないのは、その流れるようなムラ感の美しさにこだわるためだ。靴のアッパー(甲の部分)に用いられる革は、木型にあわせて釣り込む(靴の形に成形する)工程で強くひっぱられ伸ばされる。その伸び方は場所によって様々だ。

つまり、平面の状態でいくら美しい流線のムラ感を表現しても、靴の形となった時にその美しさがそのまま保たれる可能性は皆無だ。だからこそ、“靴が成形されてから色づけをする”という順番でなくてはならない。この靴の美しさを表現するためならば、その工程にどれ程こだわっても、こだわりすぎということはない。

内羽根ストレートチップ、イミテーションブローグ、出し縫い ストレートチップというシンプルなデザインでありながら、パーツの切り返しに精緻なブローギングが施されたデザインであるクォーターブローグ。羽根部分と履き口周りにもブローギングを施すことによって、色気のあるデザインに仕立てた。いつもはパンツの隙間に隠れているがちょっとした動きで表れる意匠である。よく見ている人は気づく、そんなこだわりの意匠である。
靴屋にとってブローギングというのは、一つの自己表現である。親子穴の大きさや配列は靴屋によってそれぞれ異なり、独自のデザインが穿たれている。

神は細部に宿る、細かいディテール一つをとっても、職人たちの矜持が込められているのである。

半二重、ヒドゥンチャネル だし縫いのピッチは、3センチの中に約12針。
英国の著名なグッドイヤーウェルト製法の靴を見ても、既成靴としてこれ以上の細かい縫い目を実現している靴はまずない。だし縫いで最も難しいとされる爪先のカーブに沿う部分の縫い目においても等間隔に保たれている。ピッチを細くすればするほど、またカーブの半径が小さくなり曲がり方が急になればなるほど、曲線でもミシン運びは困難になる。確かな技術のみが可能にする仕上げである。

コバは、角ばった角を削り丸みを出す面取りと呼ばれる仕上げを行い、その上に目付け(エッジの溝)を施した。このだし縫いから始まる詳細な仕上げが、靴全体が持つシルエットの美しさを、先端まで完璧に作り上げている。
靴にとって踵は生命線とも言える。履き心地、見た目、全てにおいて踵が担う役割は大きい。市革(踵部分に補強の目的で取り付けられる革)のデザインは、大塚製靴に古くから伝わる2枚の革を組み合わせたものだ。

通常は一枚の革で、踵の縫割(縫い合わせ部分)の上方のみに取り付けられていることが多い。この靴は、踵の縫割を全て覆うように取り付けられている。

半二重、ヒドゥンチャネル ソールの周囲には、焼き鏝(こて)によって化粧が施されている。本底は靴端に切れ目を入れて溝を起こし、その開かれた部分の中に底縫いの糸を通す。 縫い終わると、起こした革を再び被せて通した縫い目を隠す。 こうして底全体が縫い目を見せることなく、元のままの滑らかな流れを残すことが出来る。ヒドゥン・チャネルと呼ばれる意匠である。

これは底面を美しく見せるための手法であるが、この靴ではさらに焼き鏝で化粧を施すことによって、溝を起こしたわずかな跡さえも目立たないように創意がなされている。



 
■Last(靴型):B-815

■Width(足幅):EE

■製法:グッドイヤーウェルト製法

■素材

甲革:カーフレザー
腰裏ライニング:牛タンニンヌメ

■口周り:切放玉縁

■コバ仕上げ:平コバ

■ウェルト面仕上げ:面取り目付け

■シャンク:布巻きスチールシャンク

■中物:板コルク(刃入り)